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委員会メンバー

五十音順 敬称略

大城 學

おおしろ まなぶ

昭和57年法政大学大学院修士課程修了。文学博士。
職歴:
沖縄県教育庁文化課専門員、沖縄県立博物館専門員、沖縄県教育庁文化課主幹、同副参事、沖縄県立図書館副館長、(財)国立劇場おきなわ運営財団企画制作課長、同調査養成課長等を経て、平成21年10月、国立大学法人琉球大学法文学部教授(現在に至る)。
賞罰:
第10回沖縄文化協会賞、第22回沖縄研究奨励賞、平成12年度ゴールデンディスク賞功労賞、第32回伊波普猷賞を受賞。
主な著書:
『沖縄新民謡の系譜』『沖縄芸能史概論』『沖縄の祭祀と民俗芸能の研究』。昭和63年11月、沖縄県立博物館特別展「三線名器一〇〇挺展」を担当。論文に「三線の歴史と文化」『沖縄県立図書館紀要』創刊号、平成18年3月刊。

鈴木 修司

すずき しゅうじ

ゆいまーる沖縄株式会社 代表取締役社長
1976年生まれ。1996年、沖縄の工芸品、食品等の企画流通をおこなうゆいまーる沖縄に入社。2010年に代表取締役社長に就任。沖縄工芸品の業界振興・価値向上のため、nife、serumama、aimunなど琉球ガラス、やちむん(焼物)、琉球藍を活かした工芸ブランドを立上げる。今後、流通ビジネスの枠を越えて、沖縄の文化価値を創造し、物心両面の幸福を提供する感動創出企業への進化を見すえて、多種多様なプロジェクトに取り組んでいる。現在、琉球ガラス生産・販売協同組合理事、メイド・イン・沖縄・プロジェクト代表などを兼務。

園原 謙

そのはら けん

沖縄県立博物館・美術館 博物館班長
1958年沖縄県国頭郡国頭村生まれ。琉球大学法文学部社会学科卒業。
沖縄県教育庁文化課専門員、沖縄県立博物館学芸員、沖縄県教育庁文化施設建設室主任専門員、沖縄県平和祈念資料館学芸主幹を経て現職。
1991年から8年間にわたり、アメリカやヨーロッパにおいて、沖縄から流出した文化財についての調査を行う。
沖縄の歴史についての講演、メディア出演多数。

大工 哲弘

だいく てつひろ

1948年、沖縄県八重山郡石垣市字新川に生まれる。
1966年、全国で初めて「郷土芸能クラブ」を八重山農林高等学校で創部する。
本格的に八重山民謡を1968年から山里勇吉師に師事。
県内外及び海外コンサートにも多く出演、中・東・北欧、米国、中南米などで公演行い、96年には南西アフリカ5カ国巡回コンサート。98年・東南アジア諸国。
99年・環太平洋4カ国、2011年は南米4カ国巡回コンサートを実現し世界せましと活動を続けている。
さらに世界の民族音楽家、ジャズやロックのミュージシャンなどとの共演活動も意欲的に行っている。CDアルバム、オフノートから20数枚リリース。
久保田麻琴PD「ブルーヤイマ」2013年発表。
99年、沖縄県無形文化財(八重山古典民謡)保持者に指定される。
2016年・沖縄県民謡合同協会(10団体)の共同代表に就任。
琉球民謡音楽協会・名誉会長兼任。
八重山民謡教室を全国に17支部を持ち、沖縄・八重山民謡の普及・育成にも力をそそぐ。
指導傍ら全国でライブ・コンサートを展開している。

谷口 真吾

たにぐち しんご

昭和63年、鳥取大学農学部林学科を卒業し、兵庫県立農林水産技術総合センター森林林業技術センター(旧 兵庫県立林業試験場)に研究員として採用された。
試験場に在籍した18年間、針葉樹、有用広葉樹の種苗生産や林木育種の研究、針葉樹ならびに広葉樹の造林研究、針広混交林の施業研究を行った。
平成18年、琉球大学農学部に准教授として採用され、平成21年に農学部亜熱帯農林環境科学科の教授に就任した。
現在、森林環境科学分野造林学研究室に属し、造林学、森林生態学、繁殖生理生態学、森林施業論の研究教育を行っている。さらに、亜熱帯林の天然更新や人工造林に関する研究、生物多様性を低下させない森林伐採と森林再生に関する研究、マングローブの耐塩性機構、亜熱帯樹木の開花フェノロジーと送受粉機構・結実機構、種子散布に関する繁殖生理・生態に関する研究に取り組んでいる。
平成24年、日本森林学会誌論文賞を受賞。主な著書は、地域生物資源活用大辞典(農山漁村文化協会 1998)、主張する森林施業論-22世紀を展望する森林管理-(日本林業調査会 2007)、トチノキの自然史とトチノミの食文化(日本林業調査会 2007)、日本樹木誌1(日本林業調査会 2009)。
博士(農学)、技術士(森林部門)、樹木医。

大学の林学科を卒業後、兵庫県の林業試験場に在籍した18年間、スギ、ヒノキの種苗生産や育種の研究、ケヤキ、クリ、ブナ、ミズナラ、トチノキなど有用広葉樹の山づくりを研究してきた。
ちょうど10年前、縁あって亜熱帯常緑樹の森林が研究対象になり、まだ技術的な大系が不十分である亜熱帯の造林技術や林業を確立することが私に与えられた責務である。
亜熱帯である沖縄には、材質の堅い樹種が多い。これは林業的に大きな魅力である。
沖縄の三線の棹には材質が緻密で貴重なコクタン(くるち)が使われている。しかし、材質が堅くて緻密であることは成長がとくに遅い。
造林学の知見を駆使し、世界的にも評価される質の高いくるちの材を有用な資源として沖縄に蓄積することを急ぐ必要がある。
沖縄の伝統的な文化の中で育まれ、悠久の時の流れの中で洗練されてきた三線を未来永劫伝えていくためにも、くるちなどの木質の原材料の資源確保を進めるために貢献したい。

知名 定男

ちな さだお

1945年大阪生まれ。父は琉球民謡界に多大な功績と影響を残した、故 知名定繁(ちなていはん)。
幼い頃より芝居の子役として舞台に立つ。`57年に父、 定繁とともに沖縄へ移る。
その後登川誠仁(のぼりかわせいじん)に見出され内弟子となり12歳の時に『スーキカンナー』で華々しくレコードデビュー、天才少年現れる!!と、一躍注目を浴びる。
嘉手苅林昌(かでかるりんしょう)、普久原恒勇(ふくはらつねお)、照屋林助(てるやりんすけ)などの数多くの沖縄民謡黄金時代の諸先輩方から多くの“ウチナー"を学ぶ。
日本本土復帰前の`71年『うんじゅが情ど頼まりる』が空前の大ヒットとなる。その後、'78年キャニオン・レコードより『赤花』で日本本土デビュー、
これに収録された『バイバイ沖縄』は音楽界はもとより、多方面へ問題提起をした楽曲として、話題となる。レゲエを島唄にミックスさせたこの曲は、当時のミュージシャンへも影響を与えた。
2000年6月、サミット沖縄芸能派遣団欧州公演(ロシア、フランス、イタリア)の総合プロデュースを担当し各国で大きな評価を得る。
また、沖縄サミットの県広報曲『語やびら』の作詞/作曲、安室奈美恵の 唄った『Never End』へも三絃で参加。

照喜名 朝一

てるきな ちょういち

1932年4月15日、沖縄県島尻郡知念村(現 南城市知念)知名にて誕生。幼少の頃から三線に親しみ、
25歳から本格的に古典音楽を安冨祖流師範宮里春行に師事。沖縄県内新聞社主催のコンクール入賞を経て、
1979年、日本国文化庁主催音楽部門優秀賞を受賞。1983年、松尾芸能振興財団4回松尾芸能賞民俗音楽特別賞を受賞。
1994年より安冨祖流絃声会会長を6年間務めた。
2000年、沖縄の芸能部門で初めて重要無形文化財「琉球古典音楽」の保持者に各個認定された(いわゆる人間国宝)。
沖縄県のみならず日本全国、あるいは日本国外で指導・演奏を行い、世界に琉球芸能を紹介している。
また、後継者育成にも力を入れ、創作活動にも意欲的に取り組んでいる。

比嘉 康春

ひが やすはる

昭和28年生 10代後半から三線に興味を持ち始め、20歳の時に野村流師範安富祖竹久から正式に琉球古典音楽の指導を受ける。
以来、琉球舞踊、組踊の地謡として舞台活動を展開、県内外及び文化庁主催、国立劇場主催琉球芸能公演、NHK番組「沖縄の歌と踊り」など多数出演する。
昭和63年沖縄タイムス芸術選賞大賞。舞台活動の傍ら、郷里(東村有銘)のエイサーや村芝居の地謡を務める。
平成10年にCD独唱集3枚組(53曲)をリリース、平成20年に野村流舞踊曲集CD6枚組の監修、演奏。平成11年4月より、沖縄県立芸術大学で琉球古典音楽を指導している。
平成26年7月、沖縄県立芸術大学長
国指定組踊技能保持者(総合認定)、沖縄県指定伝統舞踊地謡技能保持者。

平田 大一

ひらた だいいち

1968年、沖縄県八重山竹富町小浜島生まれ。大学在学中から、南島詩人として、また演出家として独自の舞台活動を展開。大学卒業後「小浜島キビ刈り援農塾」を主宰、文化を基調とした地域活性化を一生の仕事と決める。2001年「きむたかホール館長」、2005年「那覇市芸術監督」を歴任、2011年「沖縄県文化観光スポーツ部長」に大抜擢、公職経験を経た2013年から4年に渡り「(公財)沖縄県文化振興会」理事長に就任、数々の機構改革を成し遂げ2017年6月に退任現在はフリーランスの「沖縄文化芸術振興アドバイザー」として世界と沖縄をつなぐ活動を展開中。「内閣府沖縄振興審議会」に在籍する一方で「くるちの杜100年プロジェクト」や「現代版組踊シリーズ」など、文化に軸足をおいた新たな地域活性化のモデルづくりのトップランナーとしても更なる挑戦を続ける。48歳。

宮沢 和史

みやざわ かずふみ

1966年(昭和41年)山梨県甲府市生まれ
1989年 バンド『THE BOOM』のボーカリストとしてデビュー
2006年 多国籍ロックバンド『GANGA ZUMBA』を結成
その他 作詞・作曲家、役者、ナレーター、執筆家、
コンサート・カフェ プロデューサーとしても活動
現在 歌手活動を休業中
2016年より沖縄県立芸術大学の非常勤講師を担当

地球に自生するクルチ(黒檀)が三線になって音楽を奏でるまでには気の遠くなるほどの永い年月と、たくさんの人間の労力が必要です。言い換えれば三線はこの大地の響きを音楽に昇華しているわけです。
そして、三線職人、音楽家、音楽愛好家、僕らをひとつに繋いでくれるのです。