100年先のために

「くるちの杜100年プロジェクト in 読谷2017」レポート

三線の棹材として最高級の価値があるといわれる琉球黒檀のことを、沖縄では「くるち(黒木)」と呼びます。しかし、「くるち」は沖縄県内ではほとんど採取できなくなり、職人たちは三線づくりの材を、フィリピン産などの輸入品に頼っているのが現状です。

そこで2008年から3年間、三線弾きの有志と読谷村が協働し、「くるち」を植樹する取り組みを行いました。さらに、2012年「島唄」の作者、宮沢和史氏の呼びかけにより、新たな組織体制のもとプロジェクトがリスタート。9年目をむかえる今年も、育樹祭、演劇、音楽祭などの楽しいイベントで盛り上がりました。1日の様子をリポートします。

 

土のあたたかさに触れた「くるちの杜 育樹祭」

 

太陽が照りつける10月8日(日)午前11時前、見晴らしのいい座喜味城址公園の丘にぞくぞくと人が集まりました。プロジェクトの筆頭賛同人であり、三線組合の「県産三線普及ブランド化事業」の委員でもある平田大一氏による司会あいさつと、歌三線による奉納演奏で育樹祭の開幕です。

 

2008年の第一期に植樹された「くるち」はすでに小学生くらいの背丈に成長しています。これに比べると、まだ植えられたばかりの「くるち」はその細い幹で必死に大地に根付こうとしているように見えます。今回は新たに50本を植樹するとともに、参加者みなさんで肥料を与えました。

 

なだらかな丘の中腹にあるため、陽光が降りそそぎ、やさしい風が吹き抜けます。子供から大人まで、参加者はいつの間にか暑さも忘れて土のあたたかさに触れています。

三線組合の職人たちも、肥料を与える作業に参加。「丈夫なくるちが育ちますように!ー。心をこめて、土の中に肥料を埋めていきます。

 

参加者すべての想いは、「100年後、大きなくるちとなり、三線となり、その音色が沖縄中に響いていますように!」。こうして肥料を与えていると、まだまだ幹も細く背の低い「くるち」たちが自分たちの子供のように愛らしく思えてくるから不思議。小さな生命に愛情を注ぎながら、みなさん自然と笑顔がこぼれます。

 

今回新たに植樹した50本を加えると、「くるち」は約3000本を数えるほどになりました。「三線の神様」、「琉球音楽の始祖」といわれる赤犬子(アカインコ)ゆかりの読谷村で、「くるちの杜」は確実に時を刻みはじめています。

 

磨いた、つくった、鳴らした。

「くるち My 三板作りワークショップ」

午後からは場所を読谷村文化センターに移して、多彩なイベントが繰り広げられました。

三線組合は「くるち My 三板作りワークショップ」という体験型ワークショップを開催。三線職人、仲嶺幹が講師・進行役をつとめながら、参加者が三板づくりに挑戦するという催しです。

「くるち」を紙やすりで磨くことから作業はスタート。参加者のみなさん、無言で磨きはじめます。自分の手が細かな木くずで真っ黒になっても、ひたすら磨く。

 

大阪から参加の女性は「午前中、くるちの杜で土に触れ、今こうしてくるちを磨いていることがとても楽しい。くるちと友だちになれたみたいです」と語ってくれました。

ヤスリの作業を終え、ワックスをスプレイで吹きかけ、布でさらに磨きをかけていく。すると……。

 

「ツヤツヤになった!」と歓声があがりました。「ワックスをかけることで、くるちの表面がより黒く輝くのですね!」とても綺麗!」と感想をもらす人も。

 

そして紐を通して、三板づくりが完成。簡単な三板打ち鳴らし講習のあと、渡慶次道政による歌三線で「安里屋ゆんた」を唄いながら、参加者全員で三板を打ち鳴らします。

北中城村からお母さんと参加した7才の男の子も、「くるち」で作ったMy三板を楽しそうに叩きます。「はじめはうまくつくれるかなぁと思っていたけど、習いながらやったら、ちゃんと完成した!」と大喜びでした。

 

しばらくの間、「くるち」でつくったMy三板の澄み切った音が会場内にひびきつづけました。

 

歴史がテーマの「演劇」で学び、未来を祝う「音楽祭」で踊る。

世界各国に住むウチナーンチュの数は、約42万人ともいわれています。しかし世界へと移り住んだ当時のウチナーンチュたちは、移民先でさまざまな苦労や困難を乗り越え、今日に至っています。今帰仁村出身の実業家「平良新助(1876年~1970年)」さんは、海外移民とウチナーネットワークの基礎を築いた一人であり、沖縄移民史の陰の功労者として知られています。彼の人生を通して、世界のウチナーンチュとの結びつきを学ぶ移民劇「ヒヤミカチウチナー! ~平良新助物語~」がこの日、読谷村文化センター中ホールで開演され、笑いあり、感動あり、そしてフィナーレは大きな拍手で満席の会場がひとつになりました。

 

さぁ、そして2年に一度の「くるちの杜100年音楽祭」が開催される年。

 

第一部では、小学生の吹奏音楽あり、ストリートダンスあり、「読谷ばあちゃん合唱団Z」も登場。平均年齢84歳、最高齢96歳の「読谷ばあちゃん合唱団Z」の中心メンバーは、設立100年を超える座喜味婦人会で活躍した女性たちです。100年という単位で物事を考えようという、このイベントにふさわしいゲストでした。

つづく第二部では高良竜矢、知念こずえ、HIRARA、ルーシー(ペルー出身)、ケンユウ(台湾出身)、大城クラウディア(アルゼンチン出身)、中野律紀、宮良康正、山本藍、宮沢和史と多彩なウタサーたちによる饗宴で会場を沸かせます。

ステージの周囲には、美味しい料理を提供する「よみたんマルシェ」と名付けられた屋台も数店が参加。三線組合は、「くるち」の原木や三線の完成品などを展示しました。NHKの取材に答えて、渡慶次道政理事長と宮沢和史氏のおふたりも「くるち」を育てる大切さを語っています。

そして1日をしめくくる「交流会」では、三線組合の三線職人たちがステージに上がり、「くるちの杜100年プロジェクト」を支える読谷村役場の方に感謝をお伝えしながらの記念撮影。みなさん、いい笑顔ですね。

100年先まで、三線の素材となる「くるち」の命をつないでいくー。こう書くとなんだか気の遠くなるようなお話に思えるかもしれません。私は三日坊主で、何をやろうとしても根気よくつづけていくことができない性格です。しかしそんな私でも、「くるちの杜100年プロジェクト in 読谷」なら長くかかわっていけそうだと確信しました。なぜなら、ときどきこうして気軽に参加できる素敵な1日をみなさんと一緒に楽しめるから。そして三線の音色に想いをはせる1日をゆっくりと積み重ねていけば、やがてその日はやってくると思えるからです。

高木 正人

 

沖縄県三線製作事業協同組合

支援:沖縄県、公益財団法人沖縄県文化振興会